株式会社志村製作所様

 株式会社志村製作所様は、昭和38(1963)年に本社横浜にて操業を開始、昭和50(1975)年には宮城県の丸森町に工場を作り、精密金属部品の切削加工(挽物)をしています。自動車関連メーカーの一次サプライヤー様へキャブレーター部品やインジェクター部品などを納入し、幾度も表彰を受けている優秀な会社です。

現在工場総員35名。半数以上を女性が占めています。
従業員のほとんどが丸森町から通勤されているそうで、
丸森町の地場企業と言っても差し支えないと思います。

 2006年4月から1年をかけISO9001に取り組まれ、その後ISO9001の2008年版への対応コンサル、2010年8月からはISO14001のコンサルをさせていただきました。コンサルは、ISO9001を佐藤(現在は退職しています)、ISO9001:2008年版対応を内藤、ISO14001は清和が担当いたしました。

 最初の取り組みのころから考えると、もう6年が経っています。その間の様々なご苦労やエピソードを、取締役工場長の志村隆司様に伺いました。

工場の周りに塀や門はありません。
目の前には田園風景が広がっています。

●まず、当社東北環境技術と契約するに至った経緯などお聞かせください。
○志村工場長
 当時、取引先である大手メーカーさんの会場でISOのプレゼンをしておられましたね。河西部長さんの丁寧で落ち着いた話しぶりから信頼できると判断して決めたと思います。親交のあるメーカーさんが東北環境技術のコンサルを受けていたことも、背中を押しました。

●ありがとうございます。ところで、品質の認証を取得されて5年、ISOの仕組みもすっかり会社の仕組みとして定着したのではないですか。
○志村工場長
 以前から品質管理については、社長から指示されて社内でも実践していました。ですので、なるべく現状やっていることをシステムとして負担のない形でみんなが管理できるようにと東北環境技術さんからアドバイスをいただきました。システム化をしなければ、品質管理を徹底できない時代になったことを現場も実感していますし、やるならしっかりやるという社長の考え方がありましたので、定着させるのはスムーズにできたと思います。

●壁に飾られていますこれは、何の賞状ですか?ずいぶんたくさんありますね。
○志村工場長
 毎年というわけにはいきませんが、取引先様より品質と搬入について優れているということで、表彰をいただきました。

別の壁面にもありますし、ほかの部屋にも飾ってあるそうです。
何枚あるのか、見当もつきません。

●リーマンショックの時は製造業においても本当に厳しい時期が続き、これは大変なことになったと感じたのを記憶しています。しかし、そんな中でも、ISO14001のお取り組みを始められましたね。
○志村工場長
 そうですね、でも、もともと予定していた時期を一年延期したのです。ようやく取り組みを始めることになって、審査を受けようというところに今度は震災がありました。当初の予定では2011年3月頃の審査を希望していましたが、震災の影響で白紙となり、結局秋になってしまいました。

●ISOを取得されて、従業員の方に何か変化はございましたか。
○志村工場長
 大きく変わったということはありませんが‥。今までも目標はあって努力はしていましたが、壁に掲示したりその結果の後追いを全員ですることはありませんでした。ISOを取得してからは、目標が数字として明確になりました。最近は、掲示紙がやたらと目につくようになりましたね(笑)。
 今では、目標と結果を全員が認識できるようになっています。社員一人一人の意識が向上したと実感しています。

●当社のコンサルタントについては、いかがだったでしょうか。
○ISO14001は、最初の取得検討の際に、いろいろ難しいことがあると親交のあるメーカーさんから聞いていましたので迷っていました。しかし、清和さんとは年齢も近く、ざっくばらんに相談に乗っていただきました。品質と統合で認証を得たいと相談した際も、だいぶお手数をかけてしまいましたが、ひじょうに楽しくやらせていただきました。‥なんていうんでしょう、わたし的には、馬が合ったかなと(笑)。
 おかげさまで、最初の9001の時が佐藤さん、スポットで内藤さん、そして品質と環境の統合にあたっては清和さんと、良いコンサルの方に来ていただくことができました。
 ほんとに、個人的にもとても良かったです。震災の時も、メールなどでずいぶんご心配をいただき、その後いらした折にはガイガーカウンターを持参して線量を測ってくれました。私も気になっていたので、同じものを社長に頼み込んで早速買ってもらいました。

●そうなんですか。工場周辺の放射線量はどのくらいですか。
○志村工場長
 参考値になりますが、現在0.15マイクロシーベルト/時くらいでしょうか。

●福島市内などに比較するとやはり低いですね。震災当時のご様子がいかがでしたか。
○志村工場長
 この丸森町は、比較的地盤が固く、工場内部もほとんど被害を受けませんでした。昭和53年の宮城県沖地震を経験しているので、棚の連結などいろいろな対策は昔から講じていました。
 従業員は皆、尋常じゃない揺れに、あらかじめ決められたルートですぐに避難をしてくれたので、怪我人はありませんでした。

 

工場の浦は林です。
夏は、木々を渡る風が涼しそうです。

●経験が、志村製作所さんの危機管理に活かされているのですね。最後に、清和からは、ISOを経営のツールとして活用されていると伺っています。具体的な内容を、ぜひお聞かせください。
○志村工場長
 品質も環境も、どちらもそうですが、とにかく効率よくやるということが、資源の無駄遣いを少なくするということにつながります。
 品質で言えば、不良を出せばその不良を是正しなくてはならない、もしくは廃棄ということになれば、それにかかる費用というものが発生しますし、そのことが経営を圧迫することにもなります。環境についても同じで、何か問題のある所を放置して何かが起きた場合、余計に手間暇がかかってしまいます。そうしたことを取り除くツールとして使っています。
 収益が上がらなければ会社をやっている意味もありませんし、来てもらっている従業員たちにも幸せになってもらえません。とにかく会社が元気でいることが、みんなの幸せにつながる、そのためにいろんなツールを使っています。
 おかげさまで、今まで行ってきた様々な改善活動を、ISOという明確なツールに乗っけてみんなにわかりやすい形にしていますし、その結果がどういうふうになったかということも、最後まで見える形になっています。
 社員全員が、共通の認識を持ちながら、仕事に役立てています。

志村工場長がユーモアを交えて話されるので、
こちらもすっかりリラックスしてしまいました。
笑い声が絶えないインタビューとなりました。

【編集後記】

 地場産業という意識が強い企業です。地元と共に生きることをモットーにされています。
 震災直後、一般道が開通するやいなやレンタカーで本社のある横浜から丸森工場まで走ってこられたという社長のお気持ちが、私たちにも伝わってくるようでした。従業員の安全を確認することと顧客との契約納期を守らせたいという使命感で、工場まで十数時間をかけてこられたのでしょう。どんなことがあっても納期だけは守ることを叩き込まれた職人気質を見る思いです。志村工場長も間違いなくそれを受け継ぎ、従業員の方を大事にされていることがよくわかります。
 志村製作所様に限らないことですが、円高の影響で製造業の企業を取り巻く環境はかなり厳しいものになっていると感じました。しかし、志村製作所様は、地元の方のみを採用して丸森町町民の雇用に貢献されているのです。大変な時代ですが、お互いに、踏ん張りましょう!

 さて、この工場には塀も門もありません。実は、最初の訪問時から不思議に感じておりました。ようやく、そのわけが分かりました。
 敷地内に、町道が入っているのです。その町道は敷地の端にあるのですが、工場を建てる際に、敷地の真ん中を通ってもかまいませんよというお約束をしたそうです。駐車場の真ん中を通るとその先に畑があります。近くの人が畑仕事をするときには、この敷地内を通って自由に畑に行けるように、ということで、門もフェンスもない会社になっているのです。‥なるほど、本当に地元の方々と仲良くされています!

2012年6月